THE 読物 ~東 月彦の小説~

連載10 金箔をあかす


「じゃあ、夢窓疎石の方は?」
 海棠が訊く。
「画伯は、京都・嵐山の西芳寺や天龍寺の庭園を観たことがあるだろう?」
 何かを、一つひとつ思い出すように静一は言う。
「うん。両方とも美しい庭だね」


「夢窓国師の作といわれる庭園がいっぱいあるが、名園と言われるものが多い。だが、美術評論家や作庭家に言わせれば、あれは国師が彼の地に手をいれる前からあったという」
「・・・・・」


「果たしてそうなんだろうか?確かにそれも事実なんだろうが、では、なぜ、疎石の関わった庭園が、多くの観る者の目を奪い、虜にするのだろうか?やはり、そこには国師の作庭に対する精神の流露があり、禅の心を庭園に顕現させたからじゃないだろうか」
「・・・・・」


「画伯は、西芳寺の洪隠山(こういんざん)の枯山水石組を見たか?」
「・・・・うん」
「あそこには、いくつもの稜角の巨石が三段に積み重ねられ、滝が表現されているよな。無論、水のない瀑布だ」
「ああ、分かるよ」


「あれこそ、武家的宗教である禅の――迸る激情が表現されているんだよ。それと対比するように苔生す庭は、まさに沙羅双樹の林なんだよ。禅の思想そのものなんだ」
「・・・・・」


 一説によれば、西芳寺は、夢窓国師の終焉の地に擬して創造されたという。寺内の境致には、黄金池・合同船・瑠璃殿・湘南亭・潭北亭(たんほくてい)・無影樹(むようじゅ)と名付けられた。


「おれがぐだぐだ言うより、建築家の早川正夫氏の研究書に多くが述べてあるけれどもね。・・・・西芳寺こそ、夢想疎石の最高傑作なんだよ」
「・・・・うーん、なるほど」


「そうでなければ、足利義満や義政が西芳寺の瑠璃殿を真似て、鹿苑寺(金閣)や観音殿(銀閣)を創ったりしないさ」
「そう言われれば、そうだね」


「結局、おれたちのような職業っていうのは、市民の敵ってことなんだよ」
「えっ?」
「芸術家の才能というものは、運命なんだよ。運命というのは往々にして、市民生活の敵なんだ。運命を天稟(てんりん)だけで生きて行くということは、それは女やひもと同じような生き方なのさ」


「・・・・ひもって?」
「情夫のことさ」
「―――」
「決して市井の男の人生ではないんだ。女やひもという言い方が気に入らなければ、足利義満や義政のような貴顕と置き換えてもかまわない」
「・・・・・」


「ロジックしか持たない者は、イマジネーションやクリエイティヴィティというものが欠落しているんだよ。人間の創造性や思念は、がちがちに凝り固まったロジックなど一瞬にして破壊してしまうものなんだ。それを理解している人間がいかに少ないか」
「・・・・・」

「両方を兼ね備えた芸術家はいるにはいるが、希少な存在だな。そりゃあ、ロジックに頼って生きた方が楽だし、何かを新たに創造するということほど苦行はないからな。・・・・作家なんて、みんな心中するか、自死するのを待っているような存在なんだから」
静一は絵筆を取ることを完全にやめ、小説に専念していた。


「・・・・・」
 海棠は彼の話を聞いて、少し元気になった。静一の口から、苦行や自殺という言葉を聞いたからではない。彼には彼なりの創作上の懊悩があって、その言葉の端々から読みとれたからだ。


「光の涯てを見た者はいないし、闇の彼方を探し出したやつもいないんだ」
「・・・・だから、美なんじゃないのかな」
 海棠は静一に触発されて、まるで何かが憑依した巫女のように、そんな言葉を口にした。


「えっ?」
「やっぱり、美なんだよ。美は理屈でも、ロジックでもないからさ」
「・・・・・」
「うつろわぬ日本の美こそがすべてなんだよ。・・・・僕は民族主義者でも、排他的な人間でもないけれど、日本人にしか理解できない美があると思うんだ」
「・・・・・」


「耽美主義と言われようとも、美は信仰の対象になり得るんだよ」
「・・・・宗教か」
「そう思わないか?」
 海棠は、日本の美のためなら何でも出来そうな気がしていた。
「そうかもしれないな。日本人は美しいものが好きだからな。・・・・今夜はとことん呑もうか」


 旧友同士はようやく分かり合える到達点に達したようだった。
 酒にそう強くない海棠が首肯する。


静一が店主に向かって、
「鰆を握ってよ。天津で獲れたやつを」
 鮨職人というより、学校の先生のような風貌の店主が頷いて、嬉しそうに微笑む。
 産卵をひかえたこの時期の寒鰆が、脂がのって一番旨いという。


 静一はこの店の常連らしく、気安く、寡黙な店主に語りかけていた。
「今夜は、どちらかが潰れるまで行くぜ」
 と、静一はさも楽しそうに笑いながら言う。


 結局、海棠と静一がその夜別れたのは、午前四時を少しまわった時刻だった。鮨屋をあとにした彼らは、恵比寿にある居酒屋に行き、それから、六本木にある怪しげな外人バーでしこたま呑んだのである。
 そんな時刻にもかかわらず、真那賀の姿は、家にはなかった。
                                    つづく














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この記事へのコメント

Santal
2006年04月01日 10:53
東さんのブログを勝手にリンクさせて頂きました。不都合があれば、ご連絡下さい。
東 月彦
2006年04月01日 13:40
santalさん、こんにちは。全然OKですよ。
話変わるんですけど、最近、粟谷菊生のおじいちゃん(←失礼・笑)舞ってらっしゃるんですか?
Santal
2006年04月01日 23:56
菊ちゃん(←失礼)は、能は引退されて、仕舞は舞われてると思いますよ。今日は友枝昭世の会の「湯谷」の地頭でした。貫禄貫禄です。
東 月彦
2006年04月02日 00:24
santalさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
なぜか、二、三日前から、粟谷菊生さんのことが気になって(笑)、最近あまりマスコミにも登場されてないようでしたので・・・・。
私が見落としていたのですね。
お元気そうで良かったです。

santalさんは、宝生の会によく行ってらっしゃるようでしたので、お尋ねしたという訳です。
貫禄、貫禄ですか?
今なおエネルギッシュですもんねえ。(苦笑)