THE 読物 ~東 月彦の小説~

連載34 微笑のあと


 まりかは、出されたコーヒーに手をつけてはいなかった。
 何本の煙草を吸っただろう。
 つい先ほど、ウエイトレスが灰皿を替えにきたが、新しいそれにも、数え切れないほどの吸殻が入っていた。


 まりかの視線の先には、通りを挟んで“萬願寺”という古びて、小さな寺院がある。
 鴫沢がそこに入って、すでに小一時間が経過していた。
 心配になって彼について来たのだが、一緒に行く訳にはいかず、真向かいの喫茶店で待つことにしたのである。


 秘書という肩書きで、ついて行けばよかった、とまりかは悔やんだ。
 だが、その日の彼女のファッションは、シェルピンク色のモヘアのセーターに、白のミニのボックススカート、それにウエスタンブーツというものだった。


 ――・・・・どう見たって、秘書には見えへんなあ。
 まりかは深い溜め息をつく。


 その時、寺の門が少し開き、鴫沢が出てくるのが見えた。
 ひどく疲れて、暗い表情をしている。
「―――」
 まりかは急いで、フォックス色のダウンジャケットを掴み、表に出た。


「・・・・どうやったん?」
 まりかが訊く。
「・・・・・」
 鴫沢が目を伏せた。


「・・・・あかんかったん?」
「・・・・・」
 彼がまりかをじっと見つめて、にやっと笑う。


「えっ?」
「えっへへへ」
「――うまいこと行ったん?」
「あっはははは」


「なあ!どうやったん?」
「おれを誰だと思ってんだよ」
「うまいこと行ったんやね?」
「当たり前じゃないか」


「やったー!やったやんか」
 まりかが思わず、鴫沢に抱きついた。
「バーカ。金貸すぐらいで喜んでんじゃねえよ。大事なのは、これからなんだよ」


 融資するのは猿にだって出来る。いかにそれを回収するかが、問題なのだと鴫沢は思っている。
 回収方法については、彼なりに考えがあった。


「そやけど、初めてのお客さんやんか・・・・」
「・・・・まあ、なあ」
「おめでとう」
「生まれてくる子供のためにも、金が必要じゃねえか」
「・・・・・」


「だろ?」
「・・・・うん」


「・・・・なあ」
 鴫沢がぶっきら棒に言う。
「うん?」
「抱かせろ」
「へっ?」


「抱きたいんだよ」
 鴫沢の眸は、飢えた禽獣のそれと同じようにぎらついていた。
「こんな朝早よから?」
「時間なんて、関係ねえよ!」
 仕事がうまく運んだせいか、 彼は異様に昂ぶっているようだった。


「・・・・・」
「――なあ!」
 鴫沢がきっと彼女を睨む。
「・・・・いや」
「えっ?」


「って言うても、無理矢理襲われそうやしなあ」
「!」
 その言葉に、鴫沢が思わず吹き出す。
「笑い事ちゃうよ」
「・・・・」


「相変わらずロマンチックやないねえ・・・・」
「・・・・しょうがねえじゃん」
 消え入るような声で、鴫沢が言う。
「・・・・しゃあないなあ」
 まりかは、そんなストレートな物言いも、きらいではなかった。


 彼女が、鴫沢の腕を取る。
 それから、肩を寄せあって、二人は朝の街中に消えた。
 しかし赤の他人には、やくざと、その情婦にしか見えなかっただろう。
                                        つづく







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