怪譚 屏風の虎

怪譚 屏風の虎
第一話 屏風の虎
第六回

新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                 東月彦


     第三章 真夜中の咆哮
 何の音だ?いまのは……。
 月山が、ハッと目覚めた。
 四囲(あたり)は、真の闇の中にあり、月明かりも消えている。

 電波時計を見ると、時刻は午前二時をまわったところで、月山は、寝室で寝ていたのである。
 何か得体の知れない巨きなものが、廊下の床を軋ませながら来るようなのだ。
なぜか、獣の臭いがする。

「ま、まさか……」
 月山は今度は、声に出していた。
 いつの間にか、雲が途切れて、月光が障子に明るく映える。
 静かな唸り声が聞こえ、虎のような野獣の影絵がうつる。

「!」
 月山は驚いて飛び起き、部屋の隅へ後ずさる。
 咆哮がひとつ起き、白い障子紙がびりびりと震える。
「うぉおおおおおっ!」
 月山は、あまりの恐怖で叫んでいた。

 本堂・仏間には、六曲一双の竹林図の屏風が飾ってある。
 ただ、余白が不自然なほど多い絵画ではあったが……。
 真夏の夜の出来事だった。

 月山が真実、目覚め、
「……夢か」
 と、太い溜め息をつく。
 四囲は陽光が差し込み、すっかり明けている。

 夢はやっかいだ。
 封印したはずの記憶であっても、突然、悪夢として蘇ってくるからだ。
 それに、予知夢なるものもある。
 ……予知夢。
 
 夢の中で、知人に出会い、見知った場所で、何か事件が起こったとしても、それは予知夢ではない。
 まったく見ず知らずの人(モノ)に出会い、見知らぬ場所で、いまだ経験したことがない出来事が起こったとしよう。
 それが予知夢なのだ。

 第十六代米国大統領エイブラハム・リンカーンは、自分が射殺される夢を見て、その十三日後に暗殺されたというあまりに有名な話がある。
 まさに、未知の認知なのである。
 人間は今もって、夢を解明していない。

 月山は、妙な胸さわぎがしていた。
 厳然寺に来て、一週間になるが、今のところ何の問題も起こっていない。
 ――賀歌は大丈夫だったか?
 月山は慌てて、寝床を飛び出す。
 廊下に出たところで、台所で物音が聞こえる。
 賀歌が朝食をつくっていたのだ。

「あらっ、おはよう」
 にこっと笑って賀歌が言う。
 いつもの悪魔的な微笑だった。
「何か異常なことはなかったか?」
 朝の挨拶もせずに、月山が訊く。
「……異常なこと?」
「うん」

「ないわよ」
「そう、良かった」
「あなた、考え過ぎじゃないの」
「……うーん」
「そんなことに囚われたって、しょうがないわよ」

「でもさ、人が行方不明になってるんだよ」
「……そうだけど」
「何かが起こってからじゃ遅いんだよ」
「………」
 賀歌は何か言いたそうであったが、押し黙っていた。
「遅いんだよ」
 もう一度、月山が言った。

「……今日」
「うん?」
「午後から出かけるから、車使うね」
「えっ?……ああ」
 何処へ?と訊こうとしたが、月山は言わなかった。

「遅くなるかも……」
「……そう」
 ――誰に会うんだ?
 月山は悟られまいと、虚勢を張っていた。
「実家の父が具合悪いらしいの」

「そうなの?」
 ――急だな。はじめて聞くし……。
「だから帰宅は遅くなると思うの」
 ――…………。
「わかった。お大事にって伝えて」
「ええ」

 その夜、賀歌が帰ってきたのは、午前三時をまわっていた。
 ――妻は、浮気している……。
 月山は、そう直感した。


     ◇
炎のはぜる音がした。
 母屋につけた紅蓮の火は、ますます勢いを増し、軒下にまで届きそうになっている。
 金太郎はぼーっと火を眺めていたが、だんだん怖くなってきた。
 寝ていた飼い犬二匹が、炎のはぜる音と煙の臭いに起き、けたたましく吠えはじめる。

 金太郎は、しばらく犬を見ていたが、
「うぉおおおおおっ!」
 と、熱さで頬を紅潮させて叫んだ。
 いくら狩野の家を憎んでいるとはいえ、犯科(ぼんか)は犯科である。

「火事だーっ、火事だーっ!」
 いつしか金太郎は、そう絶叫していた。
その声を聞いて、母屋から、弟子たちの住む離れから、人がどっと飛び出してきたのである。
                    つづく








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