わさび②――wasabi


長編連載小説
『わさび②――wasabi』 第六回

     ◇
 その午後、あふひは久しぶりに母・ゑ々子(ええこ)に会った。
「ほんまに久しぶりやね」
 そう言って、母は紅茶を出してくれた。
「ありがとう」
 あふひが言う。
 母は離婚後、妹の明子(あきらけいこ)と、江坂のマンションに住んでいる。

「元気やった?」
「ええ」
「あんた、就職どうすんの?」
「あーあ……。わかんない」

「こっちで仕事を探したら?」
 ゑ々子は今年、四七歳になったはずである。
「……うーん」
「ええとこないの?」
「……どっちみち長期戦になりそうだから、アルバイトみつけるわよ」

「……そう。お父さんは?」
「ああ、元気だよ」
「売れてんの?」
「仕事?……うまく行ってないみたい」
 この夫婦は、なぜ、離婚したのだろうか、と、あふひは思う。
 お互い嫌い合って、別れた訳ではないようだし、元の鞘に戻ればと感じる。

「……そう」
 ゑ々子は淀屋橋にある不動産会社で、営業をやっている。
 不動産が売れるのであれば、家具も売れると思うのだが……。
「でも、これからはジェネリック家具だって、言ってた」
「ジェネリック?」
「そう」

 ジェネリック家具とは、ジェネリック・プロダクトとも言い、意匠権の切れた家具などを権利を有していたメーカー以外が製造したレプリカである。特に著名なデザイナーが設計したデザイナーズ家具で多い。

 ル・コルビジェ、フィン・ユール、フランク・ロイド・ライト 、アルネ・ヤコブセン……などの作品がそうで、中古品であっても、ジェネリックより価格が高い場合がある。
 基本的に、デザイナーズ家具は高価なのだ。
 しかし、オリジナル生産当時よりも現代の優れた素材を使用したり、カラーのバリエーションが追加されることもある。

街では、内外の家具量販店の安い商品が流行しているが、それに対抗できるのは、ジェネリック以外にないのではないか。
 父・竜太郎はそう言った。
 状況が苦しいのに変わりはなく、例えば、マンションに入居した場合、ウォークイン・クローゼットが備わっていて、家具は必要とされていないのだ。

「ただいまー!」
 明子が学校から帰ってきた。
「お帰りー」
あふひが言う。
「ああ、あふひ来てたん……」
「うん」

「あふひ、また串カツ、連れてってな」
「いやだ」
「えーっ!何で……」
「絶対にいやだよ」
「素っ気な」

 水落明子――
  十七歳。
 市内のミッション系の高校に通う生徒である。
いくら憎まれ口をたたいても可愛いので、すべて許されると思い込んでいる。
色が白く、天庭(てんてい・額の中央)にほくろがあって、インド人のようでエキゾチックに見える。

「あんた、あふひと呼び捨てにしんと、お姉ちゃんと呼んだら……」
 母が言う。
「何で?」
 明子が訊く。

「何でって、実の姉やんか」
「ええわ。その辺、アメリカナイズされてんねん」
「何が、アメリカや」
「放っといて」

「ここは、こてこての大阪やで」
「……何の話してたん?」
「あんたが、あずかり知らんこっちゃ」
「教えてくれてもええやん」

「ジェネリックや」
「薬?」
「ちがうがな」
「何がちがうの?」

「お父さんのことよ」
 あふひが言う。
「……おとん?訳わからん」
「そやから、お父さんがジェネリックを売るんよ」
 母が言った。
「えーっ!おとん、富山の薬売りみたいになるの?」
「ちがうやん!」

「落語じゃないんだから……」
あふひが溜め息をつく。
「なあ、どういうこと?」
 明子が訊く。
「だからー、これまで通り、家具を売るんだよ」
「ほな、ジェネリックって何?」

「そやから、富山で作られた家具や!」
 母がかき混ぜる。
「――はあーっ?」
明子が叫んだ。
「………」
 あふひは面倒臭くなって、押し黙った、

「なあ、どういうこと?」
 執拗に明子が訊く。
「そやから……」
 また、母がいい加減なことを答える。
 あふひは、ずっと黙っていた。
                  つづく









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