わさび②――wasabi

長編連載小説
『わさび②――wasabi』 第十回

 「そもそもさあ……」
 紫苑が口をひらいた。
「うん?」
 あふひが、紫苑を見た。
 インターネット通話の最中である。
「あたしが、鮨職人になろうと決めたのは……」
「太郎さん?」
 梨里が訊く。

「それもあるけど、今、あたし、地元の鮨屋でバイトしてるんだ」
「そうなの……」
「うん。ちょっと変わり者の店主なんだけど、腕は抜群なんだ」
「ふーん」

「おいしいの?」
 あふひが訊く。
「うん、うまいよ。地産地消にこだわっていて、すべて茨城産の魚でまかなっている」
紫苑がこたえる。

「そう?」
「だから、あたし、弟子入りしようと思ってんの」
「ふーん」
「――ちょっと、あんた!」
 梨里の大きな声が響く。
「な、何?吃驚するじゃん」
 紫苑が驚く。

「あんた、本当にそれで良いと思ってんの?」
「?」
「あんたの夢って、その程度?」
「その程度っていわれても……」
「梨里、あんた、何、怒ってんの?」
 あふひが訊く。

「女傑になるって信じて、これまで期待してたのにバカみたい……」
「――女ケツ?」
「そうじゃなくって!」
「あんた、ケツ好きだよね」

「小ぢんまりまとまってんじゃないわよ!」
 梨里が怒る。
「小ぢんまりなんか、してないわよ!」
 紫苑が反論する。
「田舎の鮨屋に、埋没してしまうつもり?」
「そうじゃない!立派に地元に貢献してるじゃん」

「そんなもん、太郎さんのとこで三年か、五年修行すれば出来るようになるわよ」
「…………」
「あそこは、ミシュラン・ガイドのふたつ星の店なんだよ」
「……そ、それは」

「横から、ごめん」
 あふひが口をはさみ、
「今回は、梨里の意見に賛成だね。梨里は思い込みが激しくて、言葉がきついけど……」
「……そうかなあ」

「レベルを下げるのは簡単だわ。行ったことがない水戸のお店を批判する訳じゃなくて、将来のことを考えると、江戸前の方が良いじゃない?どこでだって通用するから」
「……うーん」
「それこそ、世界で通じるんじゃない?もち論、本人のモチベーションもあるだろうけど……」

「ねえ、近いうちに、三人で太郎さんとこへ行こうよ」
 突然、梨里が言う。
「えーっ?」
 あふひが驚く。
「へーっ?」
 紫苑があきれる。

「いいじゃん、いいじゃん!シロウトの三人で悩んでいるより、師匠の言葉の方がずっと重いでしょう?」
「そりゃあ、そうなんだけど……」
「あんた、簡単に言うけど、わたし大阪なんだよ」

「どっちみち、面接に来るんでしょ?」
「……まあ、そうなんだけど。既卒二年目は厳しいんだぜ」
「みたいだね」
「東大出た女子が、既卒二年目というだけで、二十三区全滅だったって聞いたよね」
「ひょえーっ!」

「あたしも、じっくり考えてみるわ」
 ぽつんと紫苑がつぶやく。
「うん、そうしなよ」
 あふひが言う。

「参ったなあ。ベストの選択だと思ったのに……」
「世界は、広いわよ」
「そうだね」
「言葉に重みはないけど……」
「そうだね」
 その言葉に三人が笑った。



    ◇
 もう一月ほど前になりますが、『築地ワンダーランド』という映画をDVDで観ました。
 タイトルがあれですが、築地市場が豊洲に移転するまでのドキュメンタリーです。

 懐かしさで泣きそうになりました。(苦笑)
 ノスタルジーと、寂寥感あふれる小品ですね。

 こういう作品は最近、外国人監督が多いのですが、遠藤尚太郞氏という日本人監督がメガホンをとられたようです。

 その中で、料理評論家の山本益博氏がおもしろいことを仰っしゃってました。
 京料理を代表とする関西の料理というのは、総合デパードである、と。
 つまり包丁さばきから、煮炊きまですべてこなさないと、割烹(懐石)料理人として認めてもらえない。

 しかし、東京は、――江戸前というべきか、専門店(ブティック)の集合体である、と。
 鮨屋、蕎麦屋、天麩羅屋、鰻屋などのように専門性があれば出来る。(最低限の包丁さばき、煮炊きの技術は必要であるが……。)
 そうなんだよなあ、関西の鮨屋って、仕出し屋みたいなのが多いんですよね。

 やはり築地(豊洲)なくして、東京の料理界は存在し得ないということですね。
 否、――大げさではなく、日本の料理界をささえているといっても過言ではないと思います。
 すべての基準であるからです。
 文化が風土を創る。

 懐かしいのは、築地の場外に安くて美味い鮨屋があって、給料日前のピンチのときに、たらふく食べて呑んで、酔いざましに銀座まで、よく歩いたってことですね。
 それから、なぜか四丁目交差点の森永ラヴ(笑)でコーヒーを飲んで、地下鉄で帰るというパターンでした。
 銀座には、しゃれたカフェがいっぱいあるというのにです。(笑)

 最近、東京に行っていないので、豊洲がどんなものなのか、まったく知らないのです。
 TVなんか見てると、場外はあるようですが……。
 出来れば、建て替えた築地に戻ってくれば良いのに。(まあ、無理でしょうね……。)


*参考文献
・DVD『築地ワンダーランド』 出演::小野二郎、小野禎一、レネ・レゼピ、山本益博、服部幸應、道場六三郎……その他多数。
               監督:遠藤尚太郞
               販売:松竹
              つづく



   大切にする。




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