花片

短編連作小説『桜のすべて』 第四部 花片 第二話  シルバーメタリックの欧州車が疾駆していた。  その朝、萬の車で、別荘まで送ってもらうことになったのである。  車は、琵琶湖西岸の国道161号線を北上していた。  なぜか、ホステスのミカが助手席に同乗している。  その日は比較的暖かく、風もおだやかで、湖に無数の…
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花片

短編連作小説『桜のすべて』 第四部 花片(かけら) 第一話       1  いまはもう遠い 二十歳にも満たない日々の 話をしよう  モンマルトルのアパルトマンの ふたりの部屋の窓には  リラの花が咲いていた  粗末な家具付きの部屋が ふたりの愛の巣で  見た眼にはぱっとしなかったが そこでふたりは知り合い  ぼく…
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禁じられた影

連載17 禁じられた影  篁は、暗闇の中を忍び足で歩いている。  なぜか、狩猟用のナイフを握りしめている。  少し行くとドアがあり、鍵はかかっていない。  そっとドアを開けると、部屋の真ん中にベッドがあり、誰かが眠っているようだ。  窓から、不気味な紅い満月がのぞめる。  刃が、ぬめぬめと赤く光った。  篁…
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禁じられた影

連載16 禁じられた影  午前一時の外苑西通りを、みぎりは歩いている。  そんな時刻にもかかわらず、通りから車が途切れることはなかった。  クラブのアルバイトが今夜が初日で、少し酔ったので、歩くことにしたのである。  坂崎が言っていたように、ナイトカラックは高級店で客層も良く、一人をのぞいては紳士ばかりであった。 …
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禁じられた影

連載15 禁じられた影  その舞台には、セットが何ひとつなく、がらんとしていて、二人の俳優の姿があるだけだった。  お蔦役の佑也子と、主税役の安田正治である。  『婦系図(おんなけいず)』・湯島境内の場の稽古であった。  二人は舞台衣装ではなく、ジャージの上下といった身軽なものである。  博多どんたく座の観客席には、演…
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禁じられた影

連載14 禁じられた影  その午後、篁は、大阪の梅田にいた。  そこら辺りは、喧騒な繁華街と違って、嘘のように静かな住宅街である。 「本当に、こんな所にあるのか?」  彼は、ぼそっとつぶやく。  オフィスは瀟洒なテナントビルの五階にあった。  受付に案内されて、応接室で待たされる。  その部屋は、デザイナー…
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禁じられた影

連載13 禁じられた影 「週に一日か、二日でもいいのでしょうか?」  みぎりが訊く。 「ええ、あなたのご都合のいい曜日でいいですよ」 クラブ・ナイトカラックのスカウトマンの坂崎昌也である。  六本木にあるオープンカフェだった。  みぎりはアルバイトしなくても、それなりにやって行けたのだが、篁を待つような生活が…
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禁じられた影

連載12 禁じられた影  与十郎は、蒲田の商店街を歩いている。  彼の実家は、そのアーケード街のはずれで鮮魚商をやっていて、二男だったのだ。  母親の久枝が、先代の松本幸四郎(白鸚)の熱烈なファンで、幼い頃から、歌舞伎を観に連れて行かれたのである。  物心ついた時、宗十郎の助六の揚巻、文七元結の女房お兼などの女形…
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禁じられた影

連載11 禁じられた影  東山が新緑に萌えている。  その夕方、篁は京都の造形大学のキャンパスを歩いていた。  映像学科の講義を終え、これから東京まで帰らねばならない。 「清雲さん」  背後で男の声がする。  篁がふり返ると、准教授の修善寺浩だった。 「お疲れさまです」  彼が言った。 「今から、お帰り…
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禁じられた影

連載10 禁じられた影  花冷えの夜だった。  みぎりは、二つの大きな紙袋を抱えて、渋谷の街を歩いている。  中目黒に引っ越してきて、細々とした生活用品が足りず、補充分を買ったからであった。  大阪の小劇団を辞め、青山にある芸能プロダクションに移籍したのである。  紙袋から、買ったばかりのキッチン用スポンジが落ちる。 …
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禁じられた影

連載9 禁じられた影  備長炭が焼ける香ばしい匂いがする。  篁とみぎりは、下北沢にある焼き鳥屋にいた。 「お疲れさん。良かったよ」 「ありがとう」  二人はグラスをかちっと合わせ、乾杯する。 「しかし、残酷な物語だよな」 彼は、ちびっとチューハイを飲んだ。 「そうね」  みぎりは芝居を終えたばかりで、いくぶん…
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禁じられた影

連載8 禁じられた影  舞台が暗転した。  暗闇に耳を澄ますと、人のにじり寄るような足音が聞こえる。  次の瞬間、連続してストロボ・フラッシュがたかれ、分解写真を見ているようだった。  中央に置かれたベッドで、シーツをすっぽりかぶって誰かが眠っている。  そして、男がゆっくり近づいてくる。  彼はポケットに忍…
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禁じられた影

連載7 禁じられた影     3 「わざわざ来てもらって、悪いな」  堂本常務が言った。 「いえ、とんでもないです」  篁が答える。 桜梅映画の常務室だった。 「先日の企画の件なんだが……」 「はい?」 「言いにくいんだが……」 「ええ?」 「役員の中に強硬に反対する意見があってな……」 「えーっ…
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禁じられた影

連載6 禁じられた影  浅草公会堂の舞台では、『勧進帳』が上演されていた。  若手大歌舞伎公演で、染五郎の弁慶、菊之助の富樫、駿河次郎を澤村与十郎が演じている。  富樫の執拗な検問に、駿河次郎ら義経郎党が殺気立って斬りかからんとするところを、弁慶がぐっと押しとどめる場面であった。  篁は、食い入るように見つめている。 …
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禁じられた影

連載5 禁じられた影  その午後、篁は築地にある桜梅映画の本社ビルを訪ねた。  桜梅は映画製作配給の他にも、歌舞伎、商業演劇などの興行も手掛けている。  彼は、顔見知りの女秘書に微笑を送り、常務室のドアをノックする。  どうぞ、という男の返事が聞こえた。 「失礼します」  篁は一礼して、部屋に入った。 「お…
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禁じられた影

連載4 禁じられた影     2 「この間ね……」  みぎりが、にこにこしながら言う。 「うん?」  篁は、彼女の微笑みを訝しく思った。 「渋谷歩いていたら、男の人に声かけられたの」  みぎりは、代官山寄りの中目黒に引っ越していた。 「ナンパ?」  彼はバーボンのソーダ割りを一口飲んだ。 「最初はそう思っ…
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禁じられた影

連載3 禁じられた影  篁には、やりたい企画、――否、絶対に撮らなければならない映画がある。  今のままでは終わりたくなかったし、映画史に残るような秀作になるという確信があったからだ。  五年ぶりにシノプシス(梗概)を書きはじめたが、夜ごと悪戦苦闘している。  イメージは膨らむ一方で、アイデアが枯れるということはなかった…
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THE 読物 ~東月彦の小説~

連載2 禁じられた影  篁は映画監督だった。  大学生の時に冗談半分で書いたシナリオが、桜梅映画主催のK氏賞を獲り、幸運にも監督デビューすることができたのである。  二十一の歳だった。  彼の映画は、学生監督ということもあって話題になり、宣伝も手伝ってか、大ヒット興行になったのである。  その映画に主演した、女…
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THE 読物 ~東月彦の小説~

新年あけまして、あめでとうございます。 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。 さて、誠に勝手ながら予定を変更して、中編小説『禁じられた影』 をお送りします。 なお、短編連作小説『桜のすべて』第四部 海津大崎は、改めて 後日掲載いたします。 あしからずご了承ください。                           東…
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THE 読物 ~東月彦の小説~

短編連作小説『桜のすべて』 第四部 第三話 海津大崎     2 近くのキャフェに仲間が集い 来るべき栄光を夢に見て ぼくらはすっかりひとかどの人物になりきっていた 空き腹をかかえた みじめな暮らしにもかかわらず 未来を信じてやまなかった ビストロの 温かい食事を前にして ふたりでひとつのナプキンを使い 詩句を口ずさ…
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