THE 読物 ~東月彦の小説~

短編連作小説『桜のすべて』 第四部 第二話 海津大崎  シルバーメタリックの欧州車が疾駆していた。  その朝、萬の車で、別荘まで送ってもらうことになったのである。  車は、琵琶湖西岸の国道161号線を北上していた。  なぜか、ホステスのミカが助手席に同乗している。  その日は比較的暖かく、風もおだやかで、湖に…
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短編連作小説『桜のすべて』 第四部 第一話 海津大崎      1 いまはもう遠い 二十歳にも満たない日々の 話をしよう モンマルトルのアパルトマンの ふたりの部屋の窓には リラの花が咲いていた 粗末な家具付きの部屋が ふたりの愛の巣で 見た眼にはぱっとしなかったが そこでふたりは知り合い ぼくはろくに食べるものさえ…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第九話 淡墨――一千五百年の悦楽  翌朝、校門の前で、きららに会った。  わたしが、おはようと声をかけても、何の返答もない。 「………」  彼女の顔色は真っ青で、亡霊が歩いているように見えた。 「……調子、悪い?」 「………」  よく見るときららは、何かを思いつめたかの…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第八話 淡墨――一千五百年の悦楽      雑歌  二週間経って、ようやくきららは学校に出てきた。  しかし、ひどく痩せて、顔色も悪く、病み上がりそのものだったのである。  理由を訊いても、曖昧に答えるだけだった。  その夕方、赤茶色の築地塀がつづく道を、維仁が歩いている。…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第七話 淡墨――一千五百年の悦楽  のどかな日曜日はずだった。  だが、遠い親戚に不幸があり、両親が出かけることになり、ガソリン・スタンドの店番をやらされるはめになったのである。  普段は、受験勉強にかこつけて、ほとんど手伝わないのだが、火急の事態なので、渋々引き受けた。  …
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第六話 淡墨――一千五百年の悦楽  昼休み。わたしはまた、果汁グミをくちゃくちゃ食べながら、校舎の屋上から、市内をぼんやり眺めていた。  初夏の陽光を浴びて、長良川の川面がきらきら煌めいているのが見える。  この三日間、きららはずっと休んでいる。  携帯に電話しても、メールし…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第五話 淡墨――一千五百年の悦楽      相聞歌  その角を曲がると、赤茶色の築地塀がつづく道に出た。  そこは、旅館か料亭の裏通りといった趣きで、二十メートルほど先に、維仁の後姿が見えている。  塀の向こうに、古びた日本家屋と、いくつかの樹木が覗けた。  花見以来、わた…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第三話 淡墨――一千五百年の悦楽  昼休み。わたしは、果汁グミをくちゃくちゃ食べながら、校舎の屋上から、市内をぼんやり眺めていた。  高校は小高い丘陵にあり、街を一望できたし、天気が良ければ、長良川の川面の煌めきも見ることができる。  すると同じクラスの青タンと、赤タンがやって…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第二話 淡墨――一千五百年の悦楽 「おかしいよ、その人」  監物きららが言った。 「そうだよ、きっと、これだよ」  栗栖明子(くりすめいこ)が手指で、クルクルパーをつくる。  わたしたちの通う高校は、岐阜市内にあり、県下でも三本の指に入る進学校だった。 「そんなんじゃない…
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短編連作小説『桜のすべて』 第三部 第一話 淡墨――一千五百年の悦楽      挽歌  淡墨桜(うすずみざくら)は、岐阜県本巣市(旧本巣郡根尾村)の淡墨公園にある樹齢一千五百年ほどのエドヒガンザクラのことである。  その花びらは、蕾のときは薄いピンクで、満開になって白色、散るときに淡い墨色になるという。  淡墨桜という…
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 第七話 御所の北 寺町今出川上ル  玖珠子と歌子は、その部屋で待たされていた。  府庁のそばにある赤十字病院の小さな会議室だった。  これから、泰淳の病気のインフォームドコンセントが行われることになっている。  ドアをノックする音が聞こえた。 「はい」  玖珠子が答える。 …
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 第五話 御所の北 寺町今出川上ル      非凡  白鷺が水面をじっとみつめている。  獲物を見つけたのか、もう五分ほど、ぴくりとも動こうとはしなかった。  清淳は欄干にもたれ、ぼんやりと天守閣の金色に輝く鴟尾(しび)を眺めている。  このお濠が皇居であったなら、と彼は願う。  …
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 第四話 御所の北 寺町今出川上ル  その朝、玖珠子は古竹の花入に、青モミジを生けていた。  床の間には、福田平八郎の若鮎の掛け軸が飾ってある。  松江の部屋だった。 「いかがでしょうか?」  生け花の出来を、玖珠子が訊く。 「うん、まあ、ええやろ」  松江が答える。 …
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 第三話 御所の北 寺町今出川上ル 「あんたはんが、手島玖珠子さんか?」  泰淳の母の歌子が訊いた。 「は、はい」  玖珠子の声は、緊張で上ずっている。  旅館『塙屋』の帳場だった。  そこからは、廊下を挟んで厨房が見え、立ち働く板前や仲居の姿が見える。  塙屋は、御所・…
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 第二話 御所の北 寺町今出川上ル 「結婚してくれないか?」  泰淳が、シャンパンを一口飲んでから言った。 「えっ?」  玖珠子は驚きを隠せないでいる。  二人は、青山キラー通りにあるバーいた。  その夜、玖珠子と泰淳は、その店の近くにある四川料理屋で食事したのである。 …
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短編連作小説『桜のすべて』 第二部 御所の北 寺町今出川上ル ――花がさかりをむかえる前に。  京都御所の北、賀茂川の西、寺町通りの今出川を上ルと『本満寺』という日蓮宗の寺がある。  その境内に、一本の老いたしだれ桜がある。  時節になり、花笑む姿は、能の三番目物にみられるもの静かな舞踊を舞うシテの…
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連載14 桜のすべて 第一部 砧  その夜遅く、とな瀬が帰宅すると、家の前で、香眞俊作が待っていた。 「・・・・・」  彼女は一瞬、怖くなって勝手口からこそこそ入ろうとしたが、玄関から堂々と帰るべきだと思い直した。 「あっ、とな瀬さん」  彼女の姿を認めた香眞が言う。 「ああ、どうも今晩は」  とな瀬…
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連載13 桜のすべて 第一部 砧 「ですから、アポイントを取っていただかないと・・・・」  しごく事務的に、女は言う。 「重要なお話なんです」  執拗にとな瀬が喰いさがる。 「そう仰言っしゃられましても・・・・」 「お願いです。急いでいるんです」 「でも・・・・」  汐留にあるテレビ局の受付だった。 …
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連載12 桜のすべて 第一部 砧  その朝、とな瀬が家事をしていると弟子の美加が訪ねてきた。  尊に頼まれて、信楽焼の花器を取りにきたのだという。  それは表向きの理由で、彼女の意志で来たようだった。 「とな瀬さん、最近、変わりましたね」  美加がおもむろに言った。 「そう?」  とな瀬が訊く。 …
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連載11 桜のすべて 第一部 砧  ――・・・・私は一体、何をやっているのだろう。  とな瀬は今、青山にあるカフェのオープン席にいた。  時刻はすでに夕刻で、246を家路に急ぐサラリーマンやOLの姿が見える。  その日、彼女は家に一人でいるのが嫌で、ふらふら当てもなく、東京の街を彷徨っていたのである。  先日…
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