THE 読物 ~東 月彦の小説~
連載25 金箔をあかす
白日の帳
真那賀はその夜、為永を呼びだした。
彼女は、むしゃくしゃする気持ちをどうしても押さえることが出来ず、そんな行動を取ってしまったのである。
四谷にあるフランス料理店で逢うことにしたのだった。
真那賀は黒いシャネルのスーツを着、ウェイティング・バーで待っていたが、為永は三十分遅刻してやって来た。
「どうしたの?食べないの?」
仔羊のゴルゴンゾーラ・ソース添えを頬張りながら、為永が言う。
「・・・・・」
真那賀は、注文した鴨ローストのオレンジソースにまったく手を付けずにいる。テーブルに着いてからも、シャヴリを暴飲していた。バーで、食前酒を5杯も飲んだというのにである。
「怒ってんの?遅刻したから」
付け合せのクレソンを食べる手を止めて、為永が彼女を見る。
「えっ?」
「僕の話全然聞いてないじゃない。今日、変だよ。料理にまったく手をつけてないし・・・・」
「あっ、ごめんなさい」
「食べなよ、美味いよ」
「あまり食欲がないのよ」
「空きっ腹に、がぶ飲みは良くないなあ」
「そうなんだけど・・・・。ねえ、出ない?」
「えっ?まだ終わってないよ。・・・・相変わらず我が儘なお嬢さまだよねえ」
「・・・・・」
「飲み過ぎだよ」
「良いの。それより早く食べなさい」
「・・・・はい、はい」
にやにや笑いながら、為永が真那賀を見つめる。
「・・・・何よ?」
「ご主人と何かあったんだ?」
「何もないわよ」
「いや、何かあったね」
「ないわよ。どうして?」
「ご主人と喧嘩したんだ?」
「してないわ」
「ご主人、痩せてるって言ったよね?」
「ええ、言ったわ」
「痩身の男とは結婚しない方が良いよ。僕を含めてね」
海棠と為永の体型は似ていて、身長は175センチぐらいで、体重は58キロぐらいしかないだろう。
「どういう意味?」
「痩せた男っていうのは、まわりに気を遣い過ぎて、神経が細かすぎるんだよ。だから結婚には向かない。結婚生活は太って、無神経な男の方が合っているんだ」
「へえー、そんなものなの」
「時の総理大臣にせよ、お笑いの大御所にせよね。彼らは決して再婚しないでしょう?同性愛って意味じゃないよ」
「・・・・なぜ、そんなことが分かるの?」
「僕が思うに、彼らは女より仕事を優先させたんだよ。痩身の男は不器用だから、仕事と女を両立させるのが不得手なんだ」
「・・・・・」
「たぶんにそれは、彼らのやさしさから来ているんだけどね。恋愛より、仕事の方がよっぽど面白いから」
「じゃあ、あなたもやさしいんだ?」
「勿論でしょう」
「よく言うわよ。勝手な理屈よね」
「理屈じゃないさ。生きて行く術さ」
「それにしても身勝手だわ」
「・・・・喧嘩したんだ?」
「してないって言ってるでしょう?」
「今日は激しく乱れそうだね」
「止して頂戴、こんな所で――」
窘めるように小さな声で真那賀が言う。
隣のテーブルの老カップルが、不審げに彼女らを見ている。
「楽しみだね。感じてきた?」
為永は最近、露骨で卑猥な言葉をわざと使って、彼女をいたぶることに喜びを感じているようだった。
「止してって言ってるでしょう?」
「僕は・・・・」
「えっ?」
「あなたの食べている姿が一番好きなんだ。とってもセクシーだし、あの行為を想像しちゃうから」
為永にすれば、もう前戯は始まっているのだ。
性は時に暴力的である。倒錯という意味ではない。性の言葉は、いたわりにもなり、暴力にもなるのである。
「もういい加減にして頂戴」
「鴨肉、食べてみてよ」
「本当に怒るわよ」
「あっははは」
「・・・・・」
真那賀は確実に為永の虜になっていた。
つづく


白日の帳
真那賀はその夜、為永を呼びだした。
彼女は、むしゃくしゃする気持ちをどうしても押さえることが出来ず、そんな行動を取ってしまったのである。
四谷にあるフランス料理店で逢うことにしたのだった。
真那賀は黒いシャネルのスーツを着、ウェイティング・バーで待っていたが、為永は三十分遅刻してやって来た。
「どうしたの?食べないの?」
仔羊のゴルゴンゾーラ・ソース添えを頬張りながら、為永が言う。
「・・・・・」
真那賀は、注文した鴨ローストのオレンジソースにまったく手を付けずにいる。テーブルに着いてからも、シャヴリを暴飲していた。バーで、食前酒を5杯も飲んだというのにである。
「怒ってんの?遅刻したから」
付け合せのクレソンを食べる手を止めて、為永が彼女を見る。
「えっ?」
「僕の話全然聞いてないじゃない。今日、変だよ。料理にまったく手をつけてないし・・・・」
「あっ、ごめんなさい」
「食べなよ、美味いよ」
「あまり食欲がないのよ」
「空きっ腹に、がぶ飲みは良くないなあ」
「そうなんだけど・・・・。ねえ、出ない?」
「えっ?まだ終わってないよ。・・・・相変わらず我が儘なお嬢さまだよねえ」
「・・・・・」
「飲み過ぎだよ」
「良いの。それより早く食べなさい」
「・・・・はい、はい」
にやにや笑いながら、為永が真那賀を見つめる。
「・・・・何よ?」
「ご主人と何かあったんだ?」
「何もないわよ」
「いや、何かあったね」
「ないわよ。どうして?」
「ご主人と喧嘩したんだ?」
「してないわ」
「ご主人、痩せてるって言ったよね?」
「ええ、言ったわ」
「痩身の男とは結婚しない方が良いよ。僕を含めてね」
海棠と為永の体型は似ていて、身長は175センチぐらいで、体重は58キロぐらいしかないだろう。
「どういう意味?」
「痩せた男っていうのは、まわりに気を遣い過ぎて、神経が細かすぎるんだよ。だから結婚には向かない。結婚生活は太って、無神経な男の方が合っているんだ」
「へえー、そんなものなの」
「時の総理大臣にせよ、お笑いの大御所にせよね。彼らは決して再婚しないでしょう?同性愛って意味じゃないよ」
「・・・・なぜ、そんなことが分かるの?」
「僕が思うに、彼らは女より仕事を優先させたんだよ。痩身の男は不器用だから、仕事と女を両立させるのが不得手なんだ」
「・・・・・」
「たぶんにそれは、彼らのやさしさから来ているんだけどね。恋愛より、仕事の方がよっぽど面白いから」
「じゃあ、あなたもやさしいんだ?」
「勿論でしょう」
「よく言うわよ。勝手な理屈よね」
「理屈じゃないさ。生きて行く術さ」
「それにしても身勝手だわ」
「・・・・喧嘩したんだ?」
「してないって言ってるでしょう?」
「今日は激しく乱れそうだね」
「止して頂戴、こんな所で――」
窘めるように小さな声で真那賀が言う。
隣のテーブルの老カップルが、不審げに彼女らを見ている。
「楽しみだね。感じてきた?」
為永は最近、露骨で卑猥な言葉をわざと使って、彼女をいたぶることに喜びを感じているようだった。
「止してって言ってるでしょう?」
「僕は・・・・」
「えっ?」
「あなたの食べている姿が一番好きなんだ。とってもセクシーだし、あの行為を想像しちゃうから」
為永にすれば、もう前戯は始まっているのだ。
性は時に暴力的である。倒錯という意味ではない。性の言葉は、いたわりにもなり、暴力にもなるのである。
「もういい加減にして頂戴」
「鴨肉、食べてみてよ」
「本当に怒るわよ」
「あっははは」
「・・・・・」
真那賀は確実に為永の虜になっていた。
つづく

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東 月彦