THE 読物  〜東月彦の小説〜

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<<   作成日時 : 2007/01/07 22:27   >>

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連載29 微笑のあと
新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                東 月彦



     ※
 紅葉の季節をむかえ、円仁寺でも連日、観光客が多数押し寄せていた。
 唯識の庭は、世界的に著名な名庭だったので、年間三十万人ほどが訪れていたのである。


 しかし、その庭をはじめて観た時から、理解できる人間は少ないだろう、と清方は思う。
 広縁(縁側)に腰掛けて何時間も飽きることなく眺める者、退屈してすぐに去ってゆく者。


 今も修学旅行の中学生がどっと押し寄せてはいるが、彼らは一瞬目を留めるけれども、そそくさと次の観光地を目指す。それはベルトコンベアーで生産された製品のごとく、大量に流れてきては、はき出されるだけなのだ。


 しかしながら、彼らは何年か先には、必ずそこに帰ってくる。十年先か、二十年先かは分からないが、確実に戻ってくるのだ。
 さかりの桜も、輝ける新緑も、燃えるような紅葉もない、白砂と石だけの庭なのである。
 それが、唯識の庭の魅力だった。


 庭は眺めるために創造されたものである。
 古来より大自然の景観をミニチュア化し、行かずとも深山幽谷を経験させてくれる造形物だったはずである。


 だが、唯識の庭は、観光客を拒絶するかのように、思考することを強要する。
 “癒し”さえ、与えてはくれない。


 白砂が敷きつめられた庭には、大小十五個の石が配置されている。
 それは扇にも、心字にも、七五三にも、虎の子渡しにも見える配石だった。


 扇と心字については、その文字のなす形に配列されているのであるが、七五三については、古来より日本では奇数が陽数とされ、一月一日(元旦)、三月三日(雛祭り)、五月五日(端午の節句)、七月七日(七夕)、九月九日(菊の節句)とされ、すべて一桁の奇数となっ
ている。
 また、子供の成長を祝う“七五三”も同様である。


 つまり、唯識の庭を方丈側から観て、五・二・三・二・三と配され、合計十五個の石で構成されている。
 一番東側の五個と、その南にある二個で“七”、中央にある三個とその奥にある二個とで“五”、西側の三個で“三”ということで、“七五三配石説”が、いつの間にか唱えられるようになった。


 また、虎の子渡しについては、虎が三匹子供を産むと、その中に必ず彪(ひょう)がいて、虎の子を食べてしまうので、河を渡る時、親虎がたいへん苦労したという中国の故事からとられたという。


 親虎は、一番最初に彪を背負って向こう岸に渡り、置いてくる。次に子虎の一匹を対岸に渡して、彪を連れて戻る。そして、もう一匹の子虎を対岸に渡す間は、彪はこちら岸に残すのである。最後に、彪を背負って渡して、無事三匹を渡らせることをいうのである。


 唯識の庭を観る時、十五個配石されているはずが、どの角度からも、一個の石だけが別のどれかの石に隠れて十四個にしか見えなくなる。


 それは、虎が河を渡る時、一匹の子だけは自分の影に隠れて渡るのをあらわしたのだという。


 十五は月の満ちる日数で、ものの極盛をさす数字である。それ以上はなく、あとは欠ける以外にない。だから、十四個の石しか見えないように、工夫されて創造されたともいわれている。


 庭には、雪舟や宋代の山水画にみられるような、初歩的な遠近法が取り入れられてもいた。
 また、庭全体が長方形で、二辺の比率がちょうど黄金分割であった。


 黄金分割。人間にとって最も安定し、美しい比率とされ、建築や美術的要素の一つとされる。縦1に対して、横1.618に近い黄金比の長方形がもっとも美しく見えるという。


 古代ギリシャのプラトン時代のエウドクソスが考え、後年イタリア・ルネサンス期のレオナルド・ダ・ビンチが名付けたと言われている。


 ギリシャのパルテノン神殿や、ルネサンスの彫刻・絵画にはこの黄金分割が多く使われている。この比率はあらゆる美の基準となり、「神の比」とまで呼ばれ、古代から人々の美的感覚を魅了してきた。
                                          つづく


※参考文献『龍安寺石庭を推理する』 宮元健次著(集英社新書刊)






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