怪譚 屏風の虎

怪譚 屏風の虎
第一話 屏風の虎
第十六回
     ◆
金太郎が死んだ。
 二十五歳だった。
 あれから十年が経過している。
金太郎はすでに、『狩野永劫』を名乗っていた。
死が、いつも身近にあった時代である。
命が、軽い時代でもあった。

顛末(てんまつ)はこうだ。
 金太郎は南は九州・高千穂峡から、阿波の大歩危・小歩危、摂津の耶馬溪、上越の親不知・子不知、駿河の三保の松原、みちのくの松島……等々全国津々浦々の名所旧蹟を旅していた。
何と美しい国なのであろうか。
涙があふれた。

金太郎は、日輪を描きたいと思っている。
そう、あの天空に浮かぶ太陽をである。
これまで仏画においては、いくつか日輪を描いた作品はあったが、日本画においては、皆無であった。
 まさに、祖父・元信が言っていた”斬新・奇抜・珍妙”ではないか、と金太郎は思った。
 誰も手をつけていない。
 日輪こそ、新しい日本画の美意識ではないか。
 まるで仏像の光背のように。

 なぜ、日輪を描かなかったのか?
 密教においては、お日さまは、大日如来を意味する。
 よく分からないのだが、日本画においては、恐れ多い対象だったのだろうか。
間違いがなければ、天道を描くようになったのは、後の琳派からだと思う。
 それとも”花鳥風月”というぐらいだから、日輪はさほど重要な題材ではなかったのかも知れない。
 つまり絵画として、描きにくかったからではないか。

今をときめく狩野永徳の名は、全国にとどろいていて、義理とはいえ弟である金太郎は各地で厚遇されたのである。
 そして、絵を所望されたのだった。
それは掛け軸であったりしたし、扇や団扇の場合もあったのである。
 取りあえず、喰うには困らなかった。

金太郎が、北陸を旅しているとき、金沢である好事家に出会った。
その人物は、これぞ狩野派といえる絵が欲しいと願ったのである。
 好事家は海産物を手広く商う商人で、大邸宅に住み、少なからず武士に憧れを持っているようであった。
 それで金太郎は、永徳の『唐獅子図屏風』をまねることにした。
ただ、獅子ではなく虎に変更したのである。
 金太郎はそのとき、兄と同じように自分の代表作になる予感がしていた。

 作品は、おぞましいほど、鬼気迫るものがあった。
 六曲一双の屏風で、右隻(うせき)には、墨による竹林の中で、一頭の虎が寝そべっている図で、左隻(させき)には、もう一頭の虎が大空にむかって咆哮する姿が描かれている。
 間違いなく傑作であった。

 虎の目は、獲物を狙うようにギラついていたし、まるで観る者を威嚇する鋭さがある。
 無論、日本画であるし、また、狩野派の画風でもあるので、力強い線、計算された構図、あざやかな彩色、みなぎる躍動感……があふれている。
未完の時点だったが、その作品を、好事家はたいへん気に入ってくれた。
だが、金太郎は悩んでいた。
 その屏風に、赤く燃える日輪を描くか、どうかを……。
 結局、描かなった。
金太郎は、”狩野永劫”と記名落款したのである。

それから信濃を目指していると、東山道で、あろうことか山賊に遭遇したのだ。
 人相の悪い中年男の三人が、立ちはだかったのである。
「小僧、ここを通りたかったら、金目のものを置いていけ」
 黒革の眼帯をした男が言った。
「えっ?」
 金太郎が驚く。

「命が惜しくば、金子を置いていけ」
 額にキズのある男が言う。
「ないよ」
 実際、金に無頓着の金太郎は、たいした額を持っていなかった。
「ならば、その着物を脱いでいけ」
「へっ?これは……」
物欲のない金太郎だったが、その直垂(ひたたれ)は祖父からもらったものだったのである。
 金太郎は、柔らかい烏帽子(えぼし)、生成(きなり)の直垂、焦げ茶の括袴(くくりばかま)、白い脛巾(はばき・脚絆)に、草鞋(わらじ)という姿だった。

「そうだ!それだ」
 打刀(うちがたな・日本刀)を背負った男が言った。
打刀とは、刃を上にして腰帯に差すタイプの日本刀のことである。
 応仁の乱以後、戦の形態が「馬上戦」から、「徒歩戦」に変わり、それまでの”太刀(たち)”より”打刀”の方が実戦向きなので、主流になったという。
「良いものを着てるじゃねえか……」
「これだけは勘弁してくれよ」
 金太郎が哀願する。

「いや駄目だ」
「頼むよ!」
「うるせーっ!」
 眼帯が金太郎を羽交い締めにし、額が着物をはぎ取ろうとする。
「止めろーっ!」
 金太郎が足をばたつかせて、逃れようとする。
「小僧、静かにしろ!」
「うるせえぞ、このくそガキ!」
「いやだー、いやだー!」
 グサッ!

 次の瞬間、切っ先が、はだけた胸に突き刺さった。
「――――」
 金太郎はすぐには、何が起こったのか分からなかった。
それから鋭い痛みを感じて、その場にがくっと膝をつく。
――……あわっ、あわっ、あわっ。
 何か言おうとしたが、言葉にならない。
そして、意識がじょじょに遠のいていき、その場に昏倒した。
「素直に聞いておれば、こうはならなかったのだ」
 盗賊の誰かの声のようであった。
 それから金太郎は、身ぐるみはがされる。

 そして、打刀が切っ先を引き抜くと、血が止まらなくなった。
――痛ぇーよ、本当に痛ぇー!……何で、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ。
  声にならない声が、そう叫んでいた。
 ――……終わりか?これで終わりなのか?
過去にあった出来事が、走馬灯のようにぐるぐる回っては現れ、消えた。
――……これが、おれの人生なのか?
金太郎は、深い溜め息をついた。

――いやだ!こんな最後なんて。
 複数の足音が遠くに消えてゆく。
 山賊ども逃げて行くのだろう。
 金太郎は何とか起き上がろうとした。
――おれは、”永劫”だろう?
 しかし、立ち上がれなかった。
 金太郎はもう動かなくなった。

それからである。
金太郎が死んで、金沢の商家に異変が起こるようになったのは……。
 なぜか、当主が行方不明になり、内儀もしばらくして発狂して死んだという。
次の当主も、その次の当主も、不審死を遂げたらしい。
 結局、あれほど繁栄していた商家も、最後には没落・一家離散したようだった。

その後、金太郎が描いた屏風は,持ち主がたびたび代わったという。
 しかしながら、どの家にも永くはとどまらず、転々としたらしい。
 どの家庭でも、凄惨で、不幸な出来事が起こったからだった。
虎の屏風は、持ち主に災厄がふりかかるという噂がたち、結局、最後には、武蔵国の寺院に預けられるようになったのである。
誰だって、簡単に怨霊になる。



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よろしくお願い申し上げます。
次号より、『わさび2』を再開いたします。








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