わさび②――wasabi

長編連載小説
『わさび②――wasabi』 第五回

     2.無口な猫
 紫苑は、茨城・水戸にある実家に帰っていた。
 あふひ、梨里とシェアしていた四谷のマンションを引き払い、それぞれの道を歩みはじめたのである。
 就職をあきらめ、経済学部・経済史学科の大学院生になり、週に三日ほど出席すれば良いので、戻る気になったのだった。
 市内にある電機メーカーの工場で、父親は副工場長、母はビューティ家電のラインに入っていた。

 知り合いの塾経営者から、バイトで講師しないかと誘われ、即決する。
 奨学金の返済があったので、おちおち休んでいられない。
 しかし、柳橋の太郎の屋台に行ってからというもの、鮨に興味を持ち、店員としてアルバイトしたいと思っていた。
 家の近所には、回転寿司が一軒、ふつうの店が二軒あった。
回転寿司は全国チェーンであるから選考から除外し、二軒のうちのどれかに決めようと考える。

 両店とも、アルバイト募集の張り紙があった。
 一軒は、江戸前をうたう”竹鮨”で、もう一軒は”地魚・ひたち屋”という名の店だったのである。
おおよそ、鮨屋とは思えない名前だったが、紫苑は、ひたち屋がランチをやっていることを聞きつけ行くことにした。

カウンターが十席ほどの小さな店で、正午前だったので、紫苑の他に二名の客がいたのである。
四十半ばと思われる店主が、カウンター越しにじっと紫苑を見ている。
 ランチの時間帯は、店主ひとりで、きりもりしているようだった。
「?」
 紫苑も店主を見つめた。
「…………」
 店主がにこっと笑う。

「……?――あっ!あーあ。ランチをください」
 店主は頷いて、深々と頭を下げた。
 ――何だよ、声出せよ!だんまりスケベかよ。
店主は意に介せずといった感じで、鮨を握りはじめる。
紫苑は思う。

 鮨職人は、超寡黙か、超饒舌のどちらかではないか、と。
ランチはおまかせで、おつまみ二品、にぎり十貫で二千円という値段だった。

特徴としては、おつまみはアンコウの肝の和風テリーヌ、自然薯のわさび漬け、にぎりは霞ヶ浦のワカサギ、バッテラ昆布を巻いたマサバ、サヨリ……であった。
 すべて茨城県産である。
――ううっ、酒呑みてえ!
 夕方から、塾講師のバイトが待っている。
夜に誘導したいようなメニュー構成だった。

 鮨飯はすべて米酢で、酸味が強い。
 エッジがきいている。
 コスパは最高だった。
 あっさり目のタネ(ネタ)が多いので、邪魔になるような酸味ではない。
 太郎の鮨とは、対極にある。

「おなか一杯になりましたか?」
 紫苑が食べ終わったのを見計らって、店主が尋ねる。
「……ええ、美味しかったです」
 ――何だよ、しゃべれるじゃんか。
「ありがとう存じます」

「……はあ」
「それと……」
「……はい?」
「あたし、だんまりではございませんので……」
――聞こえてたの?
そう言って、店主はにっこり笑った。
それから二日後、紫苑のふたつ目のアルバイト先が決まった。



     ◇
 今回は、鮨ではなく、映画のお話です。
 今年になって、DVDで二本の映画を観ました。
『ノーマ東京』と、『ノーマ、世界を変える料理』の二本です。
 現在、世界ナンバー1シェフ、レネ・レゼピが率いるデンマーク・コペンハーゲンにあるレストラン『ノーマ』が、東京進出を果たすドキュメンタリーです。
もう一方は、『ノーマ』が世界一の評価を受けるまでの、やはりドキュメンタリー映画なんですね。
 どちらも興味深かったです。

従来からのフランスでも、イタリアでも、スペインでもなく、北欧風料理にレネ・レゼピ氏のアイデア、コンセプトがインスパイアされた料理だと思います。

『――東京』については、レゼピ氏と幹部スタッフの方々が、東京に五ヶ月間だけ店を出したいと熱望されて、ご自分たちで売り込まれたとのことです。
 つまり東京にある高級ホテルに片っ端からコンタクトされて、出店の要望されたようですが、大半が断られて、ようやく日本橋のホテルに決まったらしいのです。
やはり一流の料理人は、世界的なメトロポリタンである東京で勝負したいのだろうか。

 東京って、物すごいですよね。
 日本って、すごいと思いません?
 世界ナンバー1のシェフと、レストランが自らをセールスしに来るんですよ。
パリでも、ニューヨークでも、ロンドンでもなく、東京なんです。

料理については、食べていないので評論は避けますが、映像だけを見れば、ちょっと意気込みが激しかったように思います。

 長野の森香る海老(マリネ)、柑橘とピパーツ、削られたアンコウの肝、シジミとサルナシ、できたて豆腐と天然のクルミ、二日間乾燥させたホタテ・ブナの実と昆布の香り、甲イカの蕎麦、ほっこり南瓜・ウワミズザクラの木のオイルと桜の花の塩漬け、ニンニクの花、様々な根菜類・生姜とともに、野生の鴨・長野産山ブドウのソース(メイン)、米(米と酒粕で煎餅のようになっている)、白下糖で丸一日かけて煮込んだ人参芋、肉桂と発酵キノコ、…………以上が今回のコース料理です。

うーん、あまりに日本というテーマにこだわり過ぎて、イメージが分散してしまったのでは…………。
 しかしながらノーマの魅力は、最大限に発揮されていたと思いますし、レシピの発想力はさすがですよね。

先日、ぼーっとTVを観ていたら、『ノーマ』におられたシェフのひとりが出演されていて、東京で”発酵”の専門店をお出しになったようです。
静岡の鰹節の工場に頼んで、カボチャの発酵食品を作っておられましたね。
その方は、『ノーマ』をお辞めになって、日本に来られたようです。
料理人を志す方、料理研究家の方はぜひ。
 レンタル店でレンタル出来ると思います。
                    つづく

*参考文献
・DVD『ノーマ東京』 出演::レネ・レゼピ、生江史伸、小野禎一、ソニア・パーク、山本益博
     監督:モーリス・デッカーズ   販売元:TCエンタテインメント
・DVD『ノーマ、世界を変える料理』 出演:レネ・レゼピ
                   監督:ピエール・デュシャン 販売元:角川書店



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