わさび②――wasabi

長編連載小説
『わさび②――wasabi』 第八回

 由自のスマホが鳴る。
 液晶画面を見ると、銀座の回転寿司屋で働いている杉浦正晴だった。
「もしもし、――あっ、どうも」
「由自、助けてくれー!」
 杉浦の叫び声が響く。
「へっ?」

「なあ、由自、頼むよ!」
「落ち着いてくださいよ、杉浦さん……」
「参ったよなあ、本当に参った……」
「何があったんですか?」

「今、いいか?」
 杉浦が訊く。
「すみません。今、立て込んでまして。十分後ぐらいに折り返します」
 太郎の屋台はつい先ほど営業を終了したばかりで、後片づけしている最中だった。
 時刻は、十一時をまわったところである。
「そうか。それじゃ待ってるよ」
 それで電話は切れてしまった。
 ――……何かあったのか?

「親方」
 由自が呼ぶ。
「ああ?」
 太郎は、まな板を熱湯消毒しているところだった。
「後やっておきますんで、今日は上がってもらって良いですよ」
「えっ?」
「どうぞ」

「だいじょうぶか?」
「ええ、おれ一人で出来ます」
「そうか……」

「はい」
「それじゃ帰るぞ」
「はい、お疲れさまです」
「頼む」
 と、太郎は帰って行った。
 由自はパパッと後片づけを済ませ、スマホのダイヤルを押した。

「すまん、由自」
 杉浦の声がした。
「どうしました?杉浦さん……」
 由自が訊く。
「実は、来月からシンガポールに行くことになってさ」
「ああ、前に言ってた?栄転じゃないですか、おめでとうございます」

「うーん、それがさあ……」
「はあ?」
「行くのは良いんだが、銀座店の人手がさあ……」
「はい?」
「全然足りないんだよ」
「ええ……」

「それで、由自さあ……」
「はい?」
「銀座で働かないか?」
「えーっ?」
「今さ、すべてロボットがやってくれるんだ。だから、おれたちは、管理するだけなんだよ、楽なもんさ」
「し、しかし……」
「頼むよ、由自」
「急に言われても……」

「まあ、そうなんだけどさあ。何とか、ならないか?」
「いやーっ、突然言われても……」
「そうだよなあ」
「……はあ」
 今もって、鮨屋で働いていることを、杉浦には伝えていない。

「取りあえず、二三日後に、もう一度電話するよ」
「……ええ」
「気が変わるかも知れないし……」
「それは……」
「今日は悪かった、また電話するよ。じゃあ、また……」
 と、それで電話が途切れてしまった。
「――す、杉浦さん!……ちぇっ、切りやがった」
 無茶言うなよ、突然さあ……。
 由自はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 暗闇の向こうから、錆びた自転車の車輪が、キーコ、キーコと鳴る音が聞こえる。
 その音は段々、近づいてくるようだった。
「♪連れて逃げてよー、ついておいでよー……」
 どこかで聞き覚えのある声だった。
 まだ、屁をこいて、寝ていなかったようである。

「由自くん、遊ぼ」
 兄弟子の白石満男が言う。
「……あ・と・で」
由自がこたえる。
「あ、あのな……」

「……兄さん」
 由自は一瞬、杉浦のことを満男に言おうとしたが止めた。
「うん?」
 兄弟子が訊く。
「呑みに行きましょうか?」
「ああ、そのつもりだぜ」
「じゃあ行きましょう」
 由自はまだ、何も決まってはいないのだと思った。



     ◇
 タイトルにつられて購入しました。
『マグロの最高峰』 中原一歩・著、NHK出版新書――
 第一章の、『なぜ「大間の一本釣り」は旨いのか』が気になって、ポチってしまいました。

 初秋から冬にかけて、津軽海峡ではプランクトンが大量に発生し、それを目がけてスルメイカとサンマがやって来る。
 それらを好物にしているマグロ(クロマグロ含む)が来、大量に消費して、腹まわりに脂がのった、美味いマグロが形成されるという。
 だから逆に、夏場はイカ・サンマが消え、代わりにトビウオしかいないので、脂ののりが悪いらしい。

 こういう料理関係の本を読むと、ふつうはテンションが上がるのですが、この著作はずっと平静のままでした。
 すしざんまいのあの名物社長のエピソードも面白かったのですが、この著者は本当に、寿司が好きなんですかね?
 魚が好きなんでしょうか?

 著者は、大間産のクロマグロ(本マグロ)が、その味より、ン億円で取り引きされることに喜びを感じておられるようです。
 何だかなあ……。
 首をかしげました。
 もう図書館に並んでいると思います。
        つづく






           愛してる。






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